ベート―ヴェンの愛弟子 フェルディナント・リースの数奇なる運命

 ベートーヴェンの愛弟子の一人、フェルディナント・リース(1784-1838)の生涯をまとめた、日本では本格的な評伝が出た。著者、かげはら史帆は、ベートーヴェンの英雄神話化を進めたアントン・フェリックス・シントラ―(1794-1860)によるベートーヴェンの会話帳改竄プロセスを解明した「ベートーヴェン捏造」を出版した。本書もベートーヴェンの生涯では重要な役割を果たした弟子の一人、フェルディナント・リースを取り上げたことは大きいだろう。

 ベートーヴェンのヴァイオリンの師、フランツ・アントン・リース(1755-1846)はボンの宮廷音楽家として活躍、1794年、フランス軍がボンに侵攻してケルン選帝侯国は崩壊、フランツは苦労しながらフェルディナントを育てた。ピアノ、ヴァイオリン、ベルンハルト・ロンベルクからチェロも学んだ。1801年、父の手紙を携え、ヴィーンにいるベートーヴェンの許へやって来た。ベートーヴェンからのピアノの教えのみならず、出版・コンサートのマネージャーを経て、ベートーヴェン、ピアノ協奏曲、第3番、Op.37でヒアニストとしてデビュー、ベートーヴェンの弟子として傑出した存在として高い評価を得た。作曲家としても評価を得た。

 その後、フランス、ドイツ、北欧諸国、ロシアへの演奏旅行、イギリスに定住して作曲家、指揮者として活躍、妻ハリエットを得た。ベートーヴェン、ピアノソナタ、第29番、Op.106「ハンマークラヴィーア」のロンドンでの出版にも尽力した。しかし、イギリスの生活にも見切りをつけ、ドイツへ帰った。

 ボンに帰還、父フランツ・アントンと再会、ニーダーライン音楽祭の音楽監督を経て、フランクフルト・アム・マインで波乱の生涯を終えた。交響曲、協奏曲、ピアノ作品、室内楽、歌曲、オペラ、オラトリオを残した。リースの作品再評価が1990年に始まり、CPO、NAXOSで発売されるようになったことは重要である。

 かげはらは、古典主義からロマン主義へと移行、ベートーヴェン神格化が進む中、リースは次第に時代遅れになったことには、ショパン、シューマン、リストの存在が大きすぎたことを見抜いている。リースは生き延びられたか。そんな問いを投げかけている。練習曲のみで名が残ったツェルニーも同じだろう。ベートーヴェンの弟子、ツェルニー、リースの作品への再評価が進めば、古典主義、ロマン主義の全体像もはっきりするだろう。その意味では大きな一冊として、出版を評価したい。

 

(春秋社 2200円+税)