ダニエル・バレンボイムが目指す「音楽による中東和平の道」

 ダニエル・バレンボイムが来日、ベートーヴェン・リサイタルを開催した。バレンボイムがウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団を結成、音楽によるユダヤとアラブの共存共栄、中東和平への道を目指していることは日本でも知られている。親友、アメリカのパレスチナ系文学者エドワード・サイードと共にユダヤとアラブの共存共栄を文化の力で実現しようという意図から結成したオーケストラの演奏活動から、中東和平の道を呼び掛ける取り組みは日本でももっと注目すべきだろう。

 ドナルド・トランプ前アメリカ大統領は娘イヴァンカの夫、ジャレッド・クシュナーがユダヤ系のため、イスラエルの利益になるような政策を打った。アメリカ大使館をエルサレムに移設したり、イスラエルとアラブ湾岸諸国との関係改善と言いながら、イランを牽制するため、かえって戦争の火種を蒔くようなことにもなった。バレンボイムは、トランプの政策に対し、怒りでいっぱいだっただろう。それがかえって、音楽によるユダヤとアラブの共存共栄、中東和平の道を進めようと決意を新たにしているかもしれない。

 サイードは、パレスチナ民族評議会議員であったものの、イスラエルとPLO(パレスチナ解放機構)との間に結ばれたオスロ合意に反対した。イスラエル領内に住むパレスチナ人の権利を擁護する立場から許せなかった。サイードが「一国家」構想を打ち出すなら、イスラエルとパレスチナが連邦国家を作って共存共栄を図る道も可能ではないだろうか。ピアニストでもあったサイードが音楽評論・音楽学でも功績を残していることも忘れてはならない。

 サイードとバレンボイムが音楽の力でユダヤとアラブの共存共栄、中東和平の道を目指す取り組みを進めていることは世界平和への呼び掛けとしても大きなものがある。バレンボイムは、

心に痛みを感じながら、私は今日お尋ねしたいのです。征服と支配の立場が、はたしてイスラエルの独立宣言にかなっているでしょうか、と。他民族の原則的な権利を打ちのめすことが代償なら、一つの民族の独立に理屈というものがあるでしょうか。ユダヤ人民は、その歴史は苦難と迫害に満ちていますが、隣国の民族の権利と苦難に無関心であってよいものでしょうか。イスラエル国家は、社会正義に基づいて実践的・人道主義的な解決法を得ようとするのではなしに、揉め事にイデオロギー的な解決を図ろうとたくらむがごときの、非現実的な夢うつつにふけっていてもよいものでしょうか。」

とイスラエルの国会で演説したことを、私たちはどのように受け止めるか。音楽家であっても、政治・社会発言は当然である。日本学術会議の問題に対しても、学問としての音楽学の立場から発言もあった。そうした発言を無視することは許されるか。私たちにも重い問いを投げかけている。そうした意味で、バレンボイムの言動には音楽家を越えた人間の良心・平和への思いに満ち溢れている。音楽すら、政治・社会・歴史と関わり合っている。バレンボイムの問いにどうこたえるか。