アンジェラ・ヒューイット シューマン こどもの情景 Op.15

 カナダのピアニスト、アンジェラ・ヒューイットのシューマンのCDはピアノとオーケストラのためのものを含めると3枚出ている。

 こどもの情景、Op.15はダヴィド同盟舞曲集、Op.6、ピアノソナタ第2番、Op.22とともにレコーディングした1枚の一つで、「異国から」はテンポの揺らめきの中に子どもたちの外国への憧れが滲み出ている。「鬼ごっこ」、「おねだり」、「満足」と聴き進めていくと、古今東西子どもたちは同じようなものだと思わざるを得ない。「トロイメライ」は打って変わって、じっくりと弾き進つつも、中間部ではテンポの揺れが心の揺らぎを表現している。「炉端で」、「木馬の騎士」、「向きになって」、「恐い」も子どもたちの姿を彷彿とさせる。「眠る子どもたち」ではベットで無心に眠る子どもたちを描き、「詩人は語る」では子どもの頃を振り返る大人のモノローグとなっている。

 シューマンはクラーラと結婚した後、8人の子どもを儲けた。しかし、クラーラには重荷となった上、演奏活動も妊娠、出産を繰り返しつつ続けていた。その一方、ピアニストとしてのクラーラの名声がローベルトを傷つけるようなこともあった。

 子どもたちのうち、女の子マリーエ、オイゲニーは独身、エリーゼは結婚して家庭に恵まれた。ユーリエは結婚したものの、肺結核で早世している。男の子エミールは病弱で1歳余りで夭折、ルートヴィッヒは一生の大半を精神病院で送るという、不幸な宿命を辿った。フェルディナントは銀行員となって結婚、多くの子どもに恵まれたものの、普仏戦争に従軍した際負傷した。その治療としてモルヒネを投与されたことが原因で、モルヒネ依存症にかかって世を去った。フェリックスは父ローベルトが精神病院入院後に生まれ、父を知らずに育っていく。ハイデルベルク大学に入学するも、肺結核で早世した。父譲りの文才を発揮して、いくつかの詩を残し、ブラームスが歌曲として作曲した。

 シューマンとクラーラの結婚生活は16年、実際は14年だった。最高のカップルと言われた2人の生活は、本当に幸せとは言えない。デュッセルドルフの音楽監督としてのシューマンは病気の悪化、社会性のなさから失敗に終わり、発狂してライン川へ投身自殺を図り、精神病院での闘病生活の後、46歳でこの世を去った。クラーラは40年にわたる未亡人生活の後、76歳でその生涯を終えた。シューマンのピアノ作品の真価を世に問い、広めつつ、フランクフルト音楽大学で後進を育成した。

 今、シューマンの結婚に関する真実が明らかになると、父フリードリッヒ・ヴィークの反対も頷ける。それを踏まえて、この作品を聴くと、改めてシューマンとクラーラの結婚生活を再考することが出来るだろう。