若杉弘 団伊玖磨 夕鶴

 団伊玖磨(1924-2001)の代表作、かつ日本オペラの名作「夕鶴」全曲盤。若杉弘の名盤の一つだろう。伊藤京子、丹羽勝海、栗林義信、平野忠彦といった20世紀の日本オペラ界を代表する歌手たちによる唯一のレコーディングだろう。国立音楽大学、東京芸術大学、東京音楽大学で後進を育成、多くの人材を送り出した、これらの歌手たちの中には21世紀の日本オペラ界を代表する歌手たちが活躍している。

 若杉が読売日本交響楽団を指揮、ビクター少年合唱隊・杉並児童合唱団の子どもたちの合唱は今の時代でも新鮮である。オーケストラも見事で、団伊玖磨の世界が広がる。伊藤、丹羽、栗林、平野の日本語の歌唱も明確で、今日の歌手たちへの模範となっている。栗林、平野が惣どの腹黒さ、気の弱い小心者の運ずの性格描写を見事に表現している。都見物にかこつけて与ひょうを唆す。伊藤が歌うつうのアリア「私の大切な与ひょう」は、今聴いても迫真の歌唱である。惣ど、運ずに騙されて、金儲けに首を突っ込む与ひょうへの嘆き、幸せに慎ましく暮らしたい思いが溢れている。金儲けより慎ましい、幸せな暮らしを願う気持ち。それが私たちの心に伝わる。丹羽は腹黒い惣ど、運ずに騙され、金儲けに走ったものの、つうの機屋を覗いてしまい、つうを失った与ひょうの愚かさ、悲しみを演じている。

 この全曲盤は長く残っても、新しい世代の日本オペラ界を代表する歌手たちによる全曲盤が出てもよい時期ではなかろうか。それを切望したい。

音楽 オペラ